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東京高等裁判所 昭和40年(ラ)619号 決定 1967年4月17日

抗告人 小松宇兵衛

主文

原決定を取消す。

本件競落は許さない。

理由

一、本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す、本件競落は許さない、との裁判を求める。」というのであり、抗告の理由は、別紙のとおりである。

二、当裁判所の判断

抗告人は、「原決定は弁護士山本耕幹が矢沢重一を代理して最高価競買の申出をし、その結果言渡があつたものであるところ、山本弁護士の右代理行為は弁護士法第二十五条第三号に違反する疑いのあるもので、右競買の申出は無効である。」旨主張するから、この点について考える。

本件記録によると、抗告人は本件競売申立事件における債務兼所有者であり、昭和二十六年七月九日本件競売の開始を受けたものであるが、同年十月二十二日弁護士山本耕幹を代理人として選任し、同事件に関する一切の行為を委任したこと、山本弁護士は、抗告人の代理人として本件競売手続を停止する旨の仮処分命令を申請し、昭和三十七年三月十一日その旨の仮処分命令をえたうえ、同月十二日その正本を原裁判所に提出して本件競売手続の停止を受けたほか、本件競売の申立債権者を相手として本件競売の基本たる抵当権の不存在等を理由とする抵当権設定登記の抹消登記手続請求の訴を提起するなど、抗告人の代理人弁護士として訴訟活動を行つてきたものであること、同弁護士は、昭和四十年十月二十二日矢沢重一から本件競売の目的物件の競落に関する一切の行為につき委任を受け、同日午前十時の本件競売期日に矢沢の代理人として最高価競買の申出をし、同月二十六日矢沢を競落人とする原決定の言渡をみることとなつたこと、本件競売事件については山本弁護士が抗告人の代理人たることを辞任する旨の届書、または同弁護士を解任する旨の届書は何も提出されていないこと、以上の事実を認めることができる。

ところで、抵当権実行のための競売事件では、競売の目的物件の所有者と競落人との関係は、訴訟における対立当事者たる原被告の関係とは必ずしも同視することはできないが、競落人が競売により売却物件の所有権を取得する関係については、私法上の売買に関する規定の適用を受けるものであつて、所有者と競落人とは、私法上の売買における売主、買主と同様の利害対立の関係にあるものとみなければならない。そして、上記認定の事実関係によると、山本弁護士は本件競売事件において所有者たる抗告人から委任を受けた代理人たる立場にあるものであるところ、競売物件の売却につき抗告人に対する関係で私法上の売買の相手方と同様の立場にある競落人の委任を受けて本件競買の申出をしたのであり、この場合における競落人は、弁護士法第二十五条第三号にいう「受任している事件の相手方」にあたるものと解するのが相当である。

してみると、山本弁護士が矢沢重一の代理人として競買の申出をしたのは、右法条にいう「受任している事件の相手方からの依頼による他の事件」につきその職務を行つた場合にあたると認めざるをえないのであつて、本件において抗告人が右弁護士の行為に同意を与えていたとみられる資料はなく、かえつて同弁護士の行為をとらえて本件抗告の理由としているところに徴すると、同弁護士の右競買の申出は、右法条に抵触する無効のものとしなければならない。

以上のとおりで、本件においては、競売法第三十二条の準用する民事訴訟法第六百七十二条第二号に掲げる競落不許の事由があるとすべきであり、したがつて、他の点について判断するまでもなく、本件競落は許すべきではない。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 新村義広 中田秀慧 蕪山厳)

別紙

抗告の理由

第一点本件競落許可決定は、抗告人の代理人である山本耕幹弁護士が、競落人矢沢重一の代理人として行動し、競落したことについて為されたものであるから許されない。

一、すなわち山本弁護士は昭和二六年一〇月二二日抗告人小松の代理人となり本件「競売申立事件に関する一切の件」を受任し、(記録七〇丁委任状)翌二七年三月一二日には上申書と題する書面を東京地裁民事二一部に提出して、仮処分命令による本件競売手続の停止を上申する等、代理活動を行なつて来たのである。

しかるに同弁護士は昭和四〇年一〇月二二日矢沢重一の代理人として本件「競売申立事件の競売物件競落に関する一切の件」を受任し(記録二六二丁)次で同日右矢沢の代理人として金一、〇六六、〇〇〇円也の保証を立てて、本件物件を金一〇、六六〇、〇〇〇円にて競落したのである。

いうまでもなく本件競売は国家機関が行なう強制売却行為であるとはいえ、抗告人小松は債務者兼目的不動産の所有者として一円でも高く売却することを欲する売主の立場にあるのに対し(大審・大二・六・四民二判・民録一九輯四〇一頁・判例体系六巻六八七頁御参照)、競落人矢沢は逆に少しでも廉く買い取ろうとする立場にあるのである。

このように売りと買いという矛盾した立場に立つ者双方を同時に代理した山本弁護士の行為は啻に弁護士法第二五条第三号に該当する疑を存するのみならず、その競落の行為は民法第一〇八条所定の双方代理の規定により無効であるといわなければならない。

二、もともと山本弁護士は、抗告人の代理人として本件競売申立人株式会社埼玉銀行(以下埼銀という)を相手取り、本件抵当権抹消登記請求訴訟の第一審を昭和二七年から昭和三一年にかけて追行したのであるが、その間同弁護士は抗告人小松の好遇を受け、同弁護士の知人である競落人矢沢重一を本件建物一階約八〇坪に月額約四万円一坪当り約五〇〇円)という著しく低廉な賃料で入居せしめたのであつた。因みに本件建物は日本橋小綱町一丁目一番地に所在し、且つ表通りにも面しているので、賃料の相場は、その十倍にも上つていたのである。巨額の債務とその金利に苦しむ抗告人小松を裏切り、その恩を受けた筈である競落人矢沢の代理人にいつの間にかなりすまして、且つ自ら、競落を実行した山本弁護士の所為は、弁護士の倫理上においても許し難いものといわなければならない。右はいわゆる事情に属する事柄かも知れないが、ぜひご一読を煩わしたく敢て記載した次第である。

第二点埼銀は本件申立において元金千二百万円に対する昭和二五年一月一三日以降昭和二六年七月二日に至る間の日歩金弐拾銭(年利七割三分)の割合による損害金千二百八十六万四千円の請求をしている。

いうまでもなく埼玉銀行は、我が国有数の大銀行であつて国民の経済的生活と密接な関係を有し、その面では群小の金融業者と異なる公共的な性格をもつているのである。従つてその貸出金利は臨時金利調整法の適用を受けその最高は日歩二銭八厘(年利一割二厘二毛)と告示されているのである。しかし遅延損害金についての率は同法の規定がないため新利息制限法の施行以前においては、法的には一応野放しの状態にあつたわけではあるが、各銀行その他同法第一条所定の金融機関においては、事実上日歩三・四銭(年利一割九厘五毛ないし一割四分六厘)との協定を行ない、これを守つて来ているのである。

そういう状態であるから、本件日歩二〇銭の遅延損害金の率は、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律第五条(高金利の処罰)には違反しないまでも、銀行の率としては、嘗て見聞したこともない高金利であるといわなければならない。具体的にいえば、本件請求においても、僅か一年六ケ月足らずで、損害金の額が元本の千二百万円を超えてしまうし、弁済期の昭和二五年一月一三日から一五年を経過した今日においては、その額は元本の一〇倍である一億二千万円にも達しているのである。

抗告人は、埼銀に対する反対債権がないわけではない。

昭和二四年以降昭和三九年に至るまで、埼銀に対し年間百八十万円(合計二千七百万円)に上る賃貸料債権を有しているので、これをもつて相殺の上、残あらば、これを支払おうとしているのであるが、埼銀より一億数千万円の債権を主張されては、右二千七百万円に上る債権と雖も九牛の一毛に等しく、犬死させてしまう外はない。

尤も右遅延損害金率については、埼銀は、抗告人小松に対し、一応形式上のものだからという弁解の下に(実際は市中利率で請求するということで)書類上定めたものであるから、抗告人としても別訴でこれを争うつもりではあるが、とにもかくにも埼銀は右率に従つて請求しているのである。

埼銀が本件超常識的高率を頑に維持し、これに基く請求をしているのは、明らかに抗告人小松に対する、報復的懲罰的意思を実現するためと見るの外はない。

果して然らば、埼銀ともあろう者がその国民経済のために尽すという公共的性格をかなぐり捨てて、その経済力を背景に、著しい高金利を擬して、無力にして善良な一市民である小松を経済的に抹殺しようとしているのである。既に小松は埼銀のために、かつて同人が経営していた本件債務者明治造機株式会社所有の埼玉県川口市仲町三の一二一番地所在の宅地一、三〇〇坪とその上の工場建物一五〇坪倉庫事務所二二〇坪及び同市本町三丁目一五〇番地所在借地三五〇坪と同借地上の工場一三〇坪事務所倉庫四〇坪を昭和二五年一一月一三日に競落され、東京都港区赤坂青山北町六丁目三八番地所在抗告人所有の宅地三筆合計三〇四坪も人手に移されて抗告人の経済界における活動は終止符を打たれていたのであるが、ここに埼銀は、本件建物賃貸により辛うじて生存を続けて来た抗告人に最後の止めを刺そうとしているのである。その止めも、万人が納得し得る方法で為されるのならば、抗告人も甘んじてこれを受けなければならない。しかし、日歩二十銭もの高金利を請求されては、抗告人は死んでも死に切れない。二千七百万円もの前記反対債権の存在も、これをどぶに捨てるが加きである。

要するに本件日歩二十銭の割合による遅延損害金の請求は左記理由により公序良俗違反の暴利行為として無効であるといわなければならない。

1、債権者が有力大銀行であること。

2、右の場合の通常損害金率は日歩三・四銭であること。

3、本件損害金率は、昭和二四年、抗告人が埼銀浮貸事件に連座し、司直の取調べを受けていた窮迫時、債権者がそれに乗じて定めたこと。

従つて、懲罰的、報復的なものであること。

また次の理由により、その効力を発生するに由ない。

右率を定めた際、債権者は右率は、形式的なもので、実際には適用しない旨約していること。

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